アート

2007年9月30日 (日)

プンクトゥム・タイムズ NO.004

新聞の紙の白さと雪の白。むしろ新聞の方が白くてそれが雪を現実的に見せてくれる。誰かの「まなざし」を借りてこの景色を見ている自分。時空を切りとるのが写真だけど、雪をかぶった針葉樹の葉が重さでたわみ、風で揺れているように見えてくる。そこに佇む自分がいるような錯覚をしてしまった。

その「誰か」は和歌山県新宮市出身の写真家鈴木理策氏。東京・京橋のギャラリー「プンクトゥム」発行の新聞『プンクトゥム・タイムズ NO.004』の表紙の写真を見たら新聞を持ち上げた両手がしばらく下ろせなくなってしまった。

風景の中にある「自分の感覚を揺らがせるもの」を感じ取るために気配を消し写真を撮ろうと思う気持ちも消していくと、風景の中の自分が全体の一部になり実際にそこで何が起こっているかが現れて見えてきたものを撮るというインタビューを読んだら、表紙の雪の写真を見た時に感じた不思議な感覚に納得。写真家に意味を与えられた風景を見せられているのではなく、その場にいて風景を眺めているように感じる写真。

山では「ざわつく」からじっとしていられない、熊野に行くとはるか以前にその場に立ってた人々が畏れ敬って有り難いと思った思ったのと同じような気持ちになる、と語っているのを読んですごく共感しながら、これは私が理策さんと同郷だからかと思ったけど、冷静に考えたら熊野で生まれ育った人々が全員同じように感じるはずもないのだから個人の資質かと思い直したり。

点在する神域では目に見えない「何か」の気配を感じる一方、目も眩む太陽の光が痛いぐらいに満ちる熊野。切りとられた時空から音と空気の匂いが伝わってくる理策さんの写真を見ていると熊野の自然の力強い存在感に取り込まれていきそうになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|