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2011年4月20日 (水)

“いのち”のとき

次男が幼稚園でもらってきたプリントに「本当にそうだなぁ」と思うことが書いてありました。

「いつか子どもたちは成長し、親の手から離れていくでしょう。手がかかっている今は想像もできないかもしれませんが、親は見守るだけ、祈るだけしかできなくなるときが必ず来ます。だから今しかできない手のかかることを楽しみましょう。抱っこもおんぶも、寝かすことも絵本を読んであげることも。親の声を聞かせ、悲しい顔・怒った顔・笑顔もいっぱい見てもらいましょう。いつか親をなつかしく思い出し、自分も同じように周りの者にいとおしくかかわっていくことでしょう。一日一日が大切な“いのち”のときです。」(キリスト教保育連盟発行『ともに育つ』4月号「いのちをありがとう」より抜粋)

長男は13才。幼稚園児の頃は「しばらく静かにしててちょうだい!」と思うぐらい、いっぱいいっぱいおしゃべりをしていた時もありましたし、小学生の頃は「こんなに甘えん坊でいいのかしら」と心配したこともありましたが、今では家にいる時間の方が少なく、部活の朝練がある日は朝7時に家を出たら夜の7時までずっと留守ということもありますし、部活のない日や週末の部活後などは、家に荷物を置いたらすぐに友達と出かけてしまいます。

私よりもずっと体が大きくなった今では、もちろん抱っこもおんぶもすることはありませんし、寝かすことも絵本を読んであげることもありません。

「抱っこ抱っこ〜!!」「一緒にねんねして〜」という次男に、「もう!忙しいのに〜」と思ったり、寝転んでるところに登ってきたりして「ちっとも体が休まらないよ〜」なんて思うこともしょっちゅうですが、抱っこやおんぶをしてあげられるのはほんのわずかな期間限定のお楽しみ。

「“つ”がつくうちは膝の上」と言います。「ここのつ」ぐらいまでかなと思うと4才の次男はあと5年。将来この子が「周りの者にいとおしく」かかわっていけるように、ちっちゃな体をたくさん包んであげたいと思いました。


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