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2007年10月23日 (火)

鈴木理策:熊野、雪、桜

先日のことになりますが東京都写真美術館で鈴木理策さんの写真を見てきました。

展示室に入ってまず目にしたのは緑。私が10才前後によく遊んだ場所の風景がそこにありました。山のふもとに建つ小さな家々の間の細い細い路地を抜けて、岩肌を垂れるように流れる水音もしないぐらいの静かな滝を横目に登る千穂ヶ峰。世界遺産で有名になった熊野速玉大社のすぐ横から神倉山へと続く山道。木々の間から時々見える新宮の街並。山の中は木の葉や苔でほとんどが緑だった。理策さんが撮ったこの風景は千穂ヶ峰かどうか分からないけれど確かに懐かしい風景がそこにありました。

そして滝。写真だと分かっているけどその前に立つと気温が下がったように感じるのが不思議。私にとっては滝は日常ではないけど、家族で車に乗ってどこかに出かけると必ず目にしたいくつもの名前もなさそうな小さな滝の数々を思い出す。でもこの滝はそういう滝じゃない。走ってる車の窓から気軽に見てる滝とは違う。わざわざその滝の前に立って見る滝だと思う。

水のあとには火。暗く細く区切られたコーナーには新宮の男たちの火祭りの風景。温暖な新宮でさえ凍るように冷える2月6日、真っ白な装束に綱の腰紐を締めた男たちが真っ赤に燃える松明を持って急な不揃いの石段を駆け下りるお灯祭り。炎に照らされ小さく写るひとりひとりの顔が生き生きとしている。

やがて火の粉は舞い落ちる雪になり、男たちの怒号は音の無い世界に。白すぎて目が眩みそうな雪の写真。真っ白な中に透明な雪の粒子と限り無く白に近い薄い青色の雪の影でかろうじて雪景色であることが分かる。本当に写ってるのか思わず写真に近づいて確認してしまう。サラサラとこぼれていきそうな雪。私のはいている靴の音がひびくと違和感を感じてしまう。

真っ白な雪に埋もれた冬のあとは満開の桜の春へ。大きくぼやけたごくごく淡いピンクの染井吉野がおおいかぶさるように迫ってくる。ひらひらと降ってくるようなせつない桜でもなく、妖しい空気の漂う桜でもなく、枝にしっかりとくっついてちょうど今開いたというような凛とした自信に満ちた桜に見えました。

どの写真も被写体が動いているように感じる。音も聞こえるし匂いも気温も感じる。それぞれの写真1枚ずつがそこに世界を作っていて、日の射す緑はこれから夜になり、滝は岩を削り、祭りの炎は燃えつき、雪は溶け、桜は散っていくのだろうと、映画のように写真に写る景色が変化していくような気さえしてくる写真展だった。

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